犯人は21番に住む

腕利きの刑事ウェンは、被害者ドゥラン氏の死体の上に電話番号を書いた紙を残した殺人犯の事件を担当することになった。売れない役者のウェン夫人ミラは、自らにマスコミの注目を集めようと、夫の事件の手伝いをしようと決意する。ドゥラン氏がジュノ通り21番の下宿に住む奇妙な住人たちの一人だったと知ったウェンは、教会の牧師を装って、その下宿に部屋を借りる。しかし、あとを付いてきたミラはどう見ても牧師の妻には見えない!それでも、容疑者たちを逮捕し刑務所に送り込むが、その時、次の殺人事件が起こる…

監督:アンリ=ジュルジュ・クルーゾー
出演:ピエール・フレネ/シュジー・ドレール/ジャン・ティシエ
1942年/フランス/83分
原題:L’assassin habite au… 21 英題:The Murderer lives at Number 21
監督:アンリ=ジュルジュ・クルーゾー

1907年フランス、ドゥー=セーヴル県ニオールに生まれる。映画脚本家として10年ほどのキャリアを積んだ後、2本の共同監督作品を経て、1942年に『犯人は21番に住む』で監督デビューを果たす。次作『密告』はナチスとフランス軍の双方から異なる理由で発禁となる。『犯罪河岸』(1947年)でヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞(監督賞)を受賞して世界の注目を集めると、続くアベ・プレヴォーの小説『マノン・レスコー』を原作とした『情婦マノン』(1948年)でヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を、スリラーの傑作『恐怖の報酬』(1953年)でベルリン国際映画祭金熊賞、カンヌ国際映画祭グランプリを射止めるという快挙を成し遂げ、巨匠の名を確立する。1955年作『悪魔のような女』はルイ・デュリック賞を受賞し、ミステリー・サスペンスの金字塔として、映画史に燦然と輝く。ヒッチコックもライバル視したフレンチ・スリラーの巨匠である。

1942年 犯人は21番に住む(監督・共同脚本/83分)
1943年 密告(監督・共同脚本/94分)
1947年 犯罪河岸(監督・共同脚本/105分)
1948年 情婦マノン(監督・共同脚本/105分)
1950年 Miquette et sa mere(監督・共同脚本/95分)
1953年 恐怖の報酬(監督・共同脚本/149分)
1955年 悪魔のような女(監督・共同脚本/107分)
1956年 ピカソ - 天才の秘密(監督/78分)
1957年 スパイ(監督・共同脚本/122分)
1960年 真実(監督・共同脚本/128分)
1968年 囚われの女(監督・脚本/107分)